ほうこうレポート

ほうようポケモン、こうもりポケモン。

【SS】ゆめかなえし ヤバチャ

この作品を楽しむにあたって、ヤバチャの「しんさくフォルム」についての知識が必要です。ヤバチャのフォルムについてご存知ない方は事前に検索などをして、フォルムについて念頭の上読み進めていただけると幸いです。
また、登場する図鑑説明を確認しながら読むとよりお楽しみいただけます。

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きらめくおもいでの ヤバチャ

チカリ、と薄緑色のキノコが妖しく光った。

キノコから手を離して、慎重に一歩踏み出す。

キノコの灯りだけを頼りに鬱蒼とした森を前へ前へ進んでいく。

今、どこにいるんだろう。

立ち止まってあたりを見回しても、あるのは木々の暗がりだけだった。

とりあえず進まなくちゃ森は出られない。

またいっぽ踏み出す。

不意に目の前に明かりが灯った。

キノコの真っ赤な光に照らされて目の前に現れたのは、赤い光の中でもわかるくらいに鮮やかなピンク色のティーカップ

「ちゃば」

周りの光を反射して星型の模様がキラリと光った。

目の前に現れたのがヤバチャというポケモンなのはわかっている。でも何かが決定的に他のヤバチャとは違った。

まるで見たことのないものを初めて見た時のような、キョトンとした不思議そうな表情をしていた。

ヤバチャはふよふよとこちらに近づいてくる。

気づけば取り憑かれたように自然と手を前に伸ばしていた。

歩きまわって火照っている右手が冷たいティーカップの胴部分に触れる。

続いて左手はハンドル部分に指を通した。

「ちゃばちゃちゃばちゃ!」

何が嬉しかったのか、ヤバチャは笑顔になって体を大きく揺すった。

チラリと見えた高台の内側には2つの丸と2つの三角が合体した奇妙なマークがついていた。

ヤバチャはティーカップの中身を見せてくる。

赤みがかった紫の液体の中に純白のミルクが渦巻いている。

ヤバチャが唇に自らの口縁を押し当ててきた。

されるがままに中の液体をひと口含む。

冷え切ったその紅茶はあまりおいしいわけではなかったが、歩きまわって喉が乾いていたこともあって、ゴクリと一飲みした。

ドクン。

鼓動が突き上げてきて全身を駆け巡った。

カップから口を離して水面を見つめ——

渦巻に、囚われた。



きらめくおもいでの ヤバチャ


あのひしゃきっとした ヤバチャ

がさっと音がして何者かに引き止められた。

身を包んでいたものが丈の低い木立に引っかかったようだった。

これはヤバチャを探すのに邪魔。

そう思って身に纏わり付いている物を全て取り去った。

少し肌寒くなったけれど、ヤバチャを探すのに差し支えない。

「……あ」

前を向いたときに不意に目があったそのコの体の色は、あのコと同じ。

「ちゃちゃ」

今まで何千匹と見てきた他のヤバチャとは違う、愛らしい薄ピンク。

あのコとは少し雰囲気が違うような気もするけれど……。

ヤバチャの瞳を覗くと、ヤバチャもじっと見つめ返してきた。

まるで恋人同士のように見つめあったまま、両手で優しくヤバチャを引き寄せた。

膝を軽く曲げて高台の裏を覗き込む。

あのコの特徴的なマークは付いていなかった。

「あなたは違う……」

空へ返すようにしてヤバチャを離してあげると、ヤバチャは周囲を2,3度くるくると回った。

それからヤバチャはまたじっと見つめてくる。

「ちゃばっちゃ!」

ヤバチャはハンドルになっていた手で道の先を指差した。

「……?」

「ちゃばっちゃ!」

「ついていくの?」

「ちゃっちゃ!」

ヤバチャが何を考えてるのか分からなかったが、とにかくヤバチャについていく。

少し歩くと道が開けた。

池? 湖? 泉? わからないけれど、澄んだ水辺に出た。

カラフルなキノコとネマシュの光に照らされる水面はキラキラと七変化を見せる。

そのほとりにポケモンが1匹座り込んでたたずんでいた。

ヤレユータン?」

白頭を見下ろすと、見上げたヤレユータンと目があった。

「ゆーたた」

ヤレユータンは全てを見透かしているような遠い目で私を一瞥した。

「ばちゃ、ばちゃちゃばちゃ、やばやちゃばば」

ヤバチャがヤレユータンに何かを訴えかけた。

「ゆた、ゆーた?」

「ちゃばちゃ。ばーや」

「ゆた。やーれれ」

ヤレユータンは何かにうなずいて森の中に消えていった。

「どうしたの?」

聞いてみてもヤバチャは得意げな顔をするだけだった。

しばらくしてヤレユータンポケモンを2匹引きつれて戻ってきた。

一方はひょろっと背の高いオーロット、もう一方はその足元をペタペタ歩いてきたペロッパフ

「やちゃば!」

ヤバチャはにっこりと微笑みかける。

「ゆた。ゆーたたん」

ヤレユータンが手に持った葉っぱの軍配をこちらめがけて振る。

「ぱっふー!」

ペロッパフが足元まで歩いてくると、オーロットの目が真っ赤に光った。

「ろーとろ……!」

森全体がが不自然にどよめき始めた。

周囲をすべての方向から視線を感じる。

「な、なに……?」

そうつぶやいた途端、木々のツタが意思を持ったように一斉に飛びかかってきた。

なすすべもなくツタに全身を包み込まれる。

ツタはぐねぐねとしばらく体の上を動き回ってから、しゅるしゅると引き上げていった。

「ちゃば!」

すぐ正面にいたヤバチャの花笑みが目に飛び込んできた。

それから、自分がツタと綿を身にまとっていることに気づく。

綿に包まれた体はさっきよりもずっと温かくて、でもツタのおかげで動きやすさは遜色なかった。

水辺まで走っていって、水面を覗き込んで体を確認する。

一緒に覗き込んだヤバチャは朗らかに体を揺らしていた。

揺れる水面に映っているヤバチャに微笑みかける。

「ありがと」

「ちゃっちゃ!」

顔を上げてヤレユータンたちの方を見る。

「みんなも、ありがと」

ヤレユータンがうなずくと、2匹は森の奥に帰っていった。

「やちゃば〜」

ヤバチャもハンドルの手を振って、向こう岸に飛んでいった。

……またあのコを探さなくちゃ。



あのひしゃきっとした ヤバチャ

むかしビビリだった ヤバチャ

カチンカチンと硬いものがぶつかる高い音が響いてきた。

まるで何かで食器を叩いているような——

——もしかして、ヤバチャ?

耳をすまして、音の鳴る方へ足を早める。

音源は獣道の途中を外れた暗がりにあった。

草むらの向こうにいるのは、色からしてたぶんギモー。

草を掻き分けて覗き込む。

「ちゃば、ややちゃ……」

「もーぎ、ぎもも!」

そこには、木の枝を持って振り回すギモーと、そのギモーに背を向けるヤバチャがいた。

ギモーが木の枝をヤバチャに振るたびに、木の枝がカップの口縁に当たってカチンカチンと音を立てる。

遊んでるのかな? それとも、ヤバチャがいじめられている?

どちらにせよ、ヤバチャがあのコなのか確かめたいから、静観はできない。

近くにあったキノコを触って、明かりをつける。

2匹は突如点いた明かりに驚いた表情でこちらに振り向いた。

ヤバチャがビクビクしながら潤んだ瞳を向けてくる。

やっぱりいじめられてたのかな。

「ギモー! やめてあげて!」

しかし、ギモーは構わずまた木の枝でヤバチャを叩いた。

カチンと音がして、ヤバチャの体が揺れて紅茶が少しこぼれる。

ヤバチャが小さな悲鳴をあげる。

ギモーがヤバチャに右手をかざすと、ヤバチャの体から黒いオーラが現れた。

その黒いオーラはギモーの鼻に吸い込まれていった。

確かギモーとベロバーは、人やポケモンが嫌がるマイナスエネルギーを吸い取って生きているポケモン

だからご飯代わりなのかもしれないけれど……。

思わずヤバチャを背にかばって間に躍り出る。

「だめ!」

ギモーがむっとした顔でにらみつけてくる。

「ぎも! もぎもぎ! ぎもー!」

ギモーが憤悶の表情で怒鳴った直後。

ポカっと何かがギモーの頭を強打した。

「てぶ! りりむ!」

ギモーの右側に飛び出てきたのはテブリム。

ギモーを厳しく一喝する。

「ぎ……もぎぎも、ぎもも!」

ギモーが反駁するとテブリムはギモーの足元にロゼルのみを1つ転がした。

「りむ。りりむ。りむてぶ」

テブリムはきのみを指差しながら諭すような声色でギモーに話しかける。

ギモーはやはり反駁する。

「ぎーも、もぎーも。ももぎー!」

「りぶぶててりむりむ‼︎ む、りむー!」

「もっ……! もぎ! ぎぎー……」

テブリムはほっぺたを膨らませてギモーを睨みつけ、帰っていってしまった。

ギモーは一瞬引き止めるように手を伸ばしかけてその手を引っ込める。

テブリムが見えなくなると、ギモーはがっくり肩を落とした。

そんな様子を見てふと思い立って、ギモーの前に膝をつく。

立っているギモーと視線が同じ高さになる。

「喧嘩しちゃったの?」

ギモーは刺々しい目つきで睨みつけてきた。

足元のロゼルのみを拾って、そっとギモーに握らせる。

それから、後で食べようと思って綿の中にしまっておいた、モモンのみもギモーに手渡した。

「ぎも……」

ギモーははっとしたような顔つきできのみを交互に眺める。

そんなギモーの肩をつかんでテブリムが行ってしまった方向を向かせ、そっと背中を押す。

「ほら、追いかけてあげて?」

「も……ぎも!」

ギモーはテブリムが消えていった方向へと駆けて行った。

「……これでよし」

少しいいことをした気分。

「ちゃちゃ?」

「あ、そうだった」

おずおずと正面に戻ってきたヤバチャをみて、当初の目的を思い出す。

ティーカップはあのコと同じ、ピンク色。

やっと見つけたピンクのコ。

もしかして、もしかしたら。

ティーカップの両側に手を添えてゆっくり撫でながら、高台の裏を確認する。

「……だよね」

そういえばあのコとは雰囲気もちょっと違うし。

「ちゃ?」

「ううん、何でもない」

空中に押し出すようにそっとヤバチャを手放す。

「あんまりいじめられっぱなしじゃダメだよ。元気でね」

ヤバチャに微笑みかけて、その場を後にした。



むかしビビリだった ヤバチャ


しれんをともにした ヤバチャ

ピカリと金色の光が目に飛び込んできた。

前方左の切り株の中。キラキラしたものが暗闇に浮かんでいた。

「ちゃちゃ〜」

「にーた! ぽにた!」

ヤバチャもいる。

急いで切り株に走り寄——

ガツっ。

足に何かが引っかかった。

薄暗い中で崩したバランスを取り戻せず、地面に手と膝をつく。

手にキノコが触れていっせいにカラフルな明かりを灯す。

光る胞子が巻き上げられて空中をきらめかせた。

「いたた……」

「やちゃ、やばちゃちゃ?」

ヤバチャが私の目の前に飛んできた。

そのカップの色はピンク色。

流石にもう、ピンクのコを見つけるのも少し慣れてきた。

「だ、大丈夫。ありがとね」

動揺したような下がり眉で見つめてくるヤバチャに大丈夫だと手を振る。

声は少しうわずった。

立ち上がるために右膝を立てるとヤバチャが膝の周りを飛んだ。

「……あ」

転んだときに地面についた手は苔に守られていたが、膝には傷を作ってしまったようだった。

血がにじんで今にもあふれ出しそう。

どうしようか、ほっとけば治るかな。

ひとまずあのコなのか確認をしようと、ヤバチャに手を伸ばす。

その時、脚をツンツンと何かにこづかれる。

ヤバチャから目を離して下を見ると右膝の左側に、ポニータが来ていた。

水色と紫の鮮やかな尻尾が足先に触れる。

「にーた」

例えるなら満月の夜の湖のような、そんな澄んだ色をした瞳が私の目をとらえる。

たっぷり数秒視線が絡み合う。

「にた!」

試すような厳しい目線から一転して嘘のように笑顔が咲いた。

ポニータの毛とツノがまばゆい金色に輝き始める。

膝の傷口から垂れた一滴の血をポニータはツノですくい取って、その角で膝の擦り傷を優しく一撫でした。

傷口が輝き始めて、みるみるうちに傷がふさがっていく。

「わ……わぁ!」

思わず驚嘆の声が漏れる。

「ありがとう、ポニータ!」

「にた!」

脚に鼻先を擦り付けてくるポニータの頭の毛をゆっくり撫でる。

「ちゃちゃちゃ!」

ヤバチャもカップの胴をほっぺたに擦り付けてきた。

「よしよし、かわいいね」

ハンドルに手を当てて、撫でてヤバチャの気を逸らす。

ころころと揺れるヤバチャの体がキノコの光を受けてキラリと星の形の輝きを散らした。

あのコの輝きかたと同じだ。

心臓がドクンと飛び跳ねた。

恐る恐るヤバチャを持ち上げて、高台の裏を確認する。

くまなく探しても、あのコについていたマークはついていなかった。

ゆっくりと息を絞り出す。

2周、3周と高台の裏を眺めるたびに鼓動が落ち着いていく。

「にた?」

ポニータの声で我に返った。

「あ、ご、ごめんね」

「にーた」

ポニータが念力で宙に浮かせたカシブのみでつんつんと突いてくる。

「どうしたの?」

カシブのみが鼻先に飛んでくる。

「くれるの?」

こくり。ポニータはうなずいた。

ふふ、と思わず笑みが漏れた。

「ありがとう」

このカシブのみはまたお腹が減ったときに食べよう。

さぁ、またヤバチャを探しに行かなくちゃ。

「……あ、そうだ」

「にた?」

「ねぇポニータ、このコとを同じカップの色をしたヤバチャって他に知らない?」

ヤバチャを両手で包んでポニータを見つめる。

ポニータはキョトンと目を丸くした後にふるふると首を振った。

「そっか」

一思いに立ち上がる。

「ヤバチャもポニータもありがとね」

2匹の頬を軽く撫でて、私はまたキノコの灯りに照らされる道を歩き出した。



しれんをともにした ヤバチャ


あしあとがじまんの ヤバチャ

ガサゴソと道の脇の草むらが揺れた。

「……?」

ちらり、揺れた草むらを視界の端に入れる。

「ちゃちゃー!」

「あっ!」

野生の ヤバチャが 飛び出してきた!

「ちゃちゃ! ちゃっちゃ!」

ヤバチャ自ら伸ばした手の中に入ってきてくれた。

「ちょっと見せてね……」

膝を折り曲げてヤバチャを天に捧げるような格好でカップの高台の裏を覗き込む。

認識した瞬間、はっと息を詰めたまま吐き出せなくなった。

カップの底には、2つの丸と2つの三角が合体した奇妙なマークがしっかり刻まれていた。

突然始まった胸の高鳴りを抑えてじっとマークを見つめる。

やっぱり、あのコのマークと同じ。

頭の中がぐしゃぐしゃになって、目眩がする。

全身の血が逆流するような焦りで手が震える。

もしかして、もしかして、もしかして、もしかして。

頭がいっぱいになる。

私はヤバチャのカップを両手で包み込んで、じっと見つめる。

ううん、やっぱり、多分あのコじゃない。

なんとなくだけれど、あのコとは佇まいが違う気がする。

あのコの目はもっと不思議そうな、でももっとキラキラ輝いた目をしていた、と思う。

この子も瞳もらんらんと煌めいているけれど、どっちかといえば目には炎が映っていそうな、キリッとした瞳。

「やや」

ころんとヤバチャが手の中で揺れる。

「あ、ご、ごめんね」

「ちゃっちゃ?」

どうしたの、と聞いているような気がした。

「ヤバチャを探してるんだ」

「ちゃー?」

「えっと、あなたじゃないんだけど、あなたと同じような体の色をしてて、あなたと同じようなマークが……って言っても自分の見たことないか。それでね、体が星形に光る子なんだ」

「ややば……?」

ヤバチャは困り顔になりつつも話を聞いてくれた。

「知らない、よね」

ヤバチャは2度3度瞬きをしてから、目を軽く見開いた。

ヤバチャが手の上から浮いて、ハンドルの手で髪を引っ張った。

「いたた、どうしたの?」

「ちゃっちゃ、ちゃばやば!」

髪をつんつんと引っ張ってから、ヤバチャはある方向を指さした。

「水辺? そこにいるの?」

ヤバチャが指さしたのは、ヤレユータンがいるあの水辺の方向。

しかしヤバチャはぶんぶんと体を横に揺する。

「え、違うの?」

「やちゃちゃ! やばば!」

ヤバチャは水辺の方向へ飛んでいってしまった。

よくわからないけれど、他に当てもないのでヤバチャについていくことにした。

道を横断して草をかき分け、木を渡って水辺までの近道を進んでいく。

相変わらず水辺はキノコとネマシュの光で七色に煌めくまほろばの地だった。

ほとりに座り込むヤレユータンの元へヤバチャが飛んでいく。

「ちゃちゃ! ちゃばっちゃちゃ!」

「…………ゆた。ゆーた。ゆたん」

ヤバチャの話を聞いたヤレユータンが右手に持った軍配をこちらに振るう。

すると、体がひとりでに動いてヤレユータンの元に向かった。

ヤレユータンは左手に持った棒で地面に円を描いて、それを棒で指さした。

「まる……?」

「ゆーた。ゆたゆた」

ヤレユータンは右手でヤバチャを指差し、もう一度丸を描いた。

「も、もしかして、ヤバチャがいるところを教えてくれるの⁉︎ 絵で?」

「ゆた」

ヤレユータンは頷いた。

「ありがとう……っ! お願いね」

ヤレユータンが棒を振るって地面に絵を描き始める。

「えっと、なになに……木? あ、森。森の、中。森の中にヤバチャは……いない⁉︎ ど、どういうこと⁉︎ そ、そうだね、落ち着く。えっと、森の中にヤバチャはいないけど……外にはヤバチャが、いる? えー、半分消した? うーん……あ、いるかもしれない!」

そこまで言うとヤレユータンは大きくうなずいて、描いた絵を全部消した。

「森の中、から、外に行くには……ギャロップが連れて行ってくれる。……ヤレユータン。ヤバチャ。水辺。……ここ! ここに、ギャロップを、連れてくる。……ナナのみ。違う? えっと、カシブのみ。合ってた。が、たくさん……。えーっと、ギャロップを呼んでくるにはカシブのみがたくさん必要で、そうすれば森の外にいけるの?」

ヤレユータンはゆっくり2度うなずいた。

「えー、でも、カシブのみか。一回だけポニータからもらったけど食べちゃったな……タネなら残ってるけど」

タネを取り出して、ヤレユータンが描いたカシブのみを指さす。

「やば! ちゃばーやばっちゃちゃちゃ!」

はしゃぎ始めるヤバチャを見たヤレユータンが、突如吼えた。

森にヤレユータンの声がさぁっと響き渡る。

森が意思を持ってその音を返すみたいに何度もヤレユータンの声がこだました。

水辺の水面に葉っぱが一枚ぽたりと着水した時、背後でガサゴソと草が擦れた。

振り向いてその姿を確認するよりも早く、背後の何かは頭上を飛び越えて目の前に姿を現した。

「……もぎぃ! ぎもぎももぎぎ!」

ギモーがヤレユータンに詰め寄る。

「……ゆた」

ヤレユータンは水辺の水をサイコキネシスで飛ばしてギモーにかけた。

「ゆたた、たゆたた、ゆたんやれゆた」

ヤレユータンが軍配を振って、ギモーを無理やり振り向かせた。

イライラしているのが見て取れるギモーと目が合う。

ギモーは少し驚いたように目を丸くしたが、その顔にはすぐにまた苛立ちの色を戻してヤレユータンの方を向いた。

「ぎも。もぎも?」

「ゆーた、ゆたたん。たたゆた」

ヤレユータンが私の手を木の棒で指し、続いてギモーの髪を指した。

「も……ぎももぎも……」

横から覗いてみたギモーの表情は厄介ごとに巻き込まれたとでも言いたげに片眉を釣り上げていた。

ヤレユータンは何かを説得しているみたいだけれど、ギモーがなびく様子は一向に見えない。

そのとき、背後の草むらからもう一度揺れる音がした。

ぽよんぽよんという擬音が似合いそうな軽やかさでステップを踏んで現れたのは、テブリム。

「りむ、りり? てりりむ?」

ギモーの横に止まって、何かをギモーに聞いた。

「ぎも、ももっもぎ。ぎもももぎもぎぎぎ!」

ギモーが捲し立てると、テブリムは頭のフサでギモーを叩いた。

「ぎもっ……」

テブリムのフサ攻撃は見かけによらないみたいで、ギモーはかなり痛そうにしていた。

「りむ……りむりむてりむぶりむ‼︎ ててぶりむ!」

テブリムが柳眉を逆立てて怒鳴りつける。

「ぎ、ぎも……も、もぎも!」

ギモーがこちらに駆け寄ってくる。

「あっ!」

手に持っていたカシブのみの種が奪い取られてしまった。

ギモーは水際から少し離れた、輝くキノコが茂る場所にタネを植えた。

それからギモーの髪が武器のように鋭く尖って周囲を薙ぎ払った。

キノコが大量の輝く胞子を噴き出して、ギモーは目もあやな粉塵に包まれる。

ギモーがぶんぶんと髪を振るって粉塵を追い払う。

姿をまた現したギモーの髪は胞子に包まれて金色に輝いていた。

「……ぎも!」

神々しく輝く髪がカシブのみのタネを植えた場所に突き刺さる。

髪がまるで地面に力を注入するように金色を失っていくと、代わりに地面が輝き出した。

ギモーが髪を地面から抜く。

たちまち地面からはいくつかの芽が湧いて出て、みるみるうちに成長していく。

木は瞬きする間にギモーの背丈よりも高く成長し、鮮やかな紫のきのみをつけた。

目の前の急展開に二の句が継げず、わぁ、と思わず声が漏れる。

「ぎも!」

ギモーは得意げに鼻を鳴らした。

「ゆーた。たたんた」

ヤレユータンが声をかけると、ギモーとテブリムはもと来た草むらの向こうに帰っていった。

「ゆたたんたん。やれーた」

ヤレユータンサイコキネシスでカシブのみをいくつかもいで、それから目を瞑ってしまった。

待っていればいい、のかな。

しばらくヤバチャと戯れて過ごしていると、遠くから音が聞こえてきた。

軽快で高らかな、走っている足音が近づいてくる。

音の方向を凝視していると、少しずつ影が見えてきた。

ポニータの親子だ。

淡く輝くたてがみを靡かせて、颯爽と現れる。

姿が見えてくると同時にポニータがこちらに駆け寄ってきた。

「にーた! ぽにた!」

差し出した手の甲にほっぺたを擦り付けてくる。

「よしよし! この前はありがとね」

どれくらい前かは覚えていないけれど、ポニータが擦り傷を治してくれたのはよく覚えてる。

タネにしたカシブのみもポニータからもらったものだし。

「にーたた」

綿のようなたてがみをもしゃもしゃと押し付けられると少しくすぐったい。

顔を上げると、ヤレユータンギャロップと話していた。

ヤレユータンが頷いて、軍配を振るった。

「わ、わわ」

サイコキネシスで体が宙に浮いて、声が漏れる。

ぐるんと空を舞って、ぴたりとギャロップの背中に飛び乗った。

「……つ、連れていってくれるの?」

「ぎゃーろ」

クールに低く一鳴きしながらギャロップが頷く。

「ん……ありがとう。みんなも、ありがとね」

左腕をギャロップの首に当てがいながら、右手をヤバチャたちに振る。

ギャロップのたてがみと尻尾、それに足先の毛が一斉に煌めき始めた。

ギャロップの体が宙に浮かぶ。

高らかに一声鳴いて、ギャロップは走り出した。

金の光をたなびかせて、木々の間をすいすいと走り抜ける。

横を見ると、木の一本一本がすごいスピードで流れていった。

森から出たことはなかったけれど、これならすぐにでも出られちゃいそう。

ギャロップに乗って行ったら、あのコに会えるかな。


あしあとがじまんの ヤバチャ


あのころ頑張った ヤバチャ

ふわりと音もなく、しかし風を切り割くような速さで、前へ前へと進んでいく。

あたりは何一つ目に映らない真っ暗闇だった。

この先であのコに会えるのかな。

期待と不安がないまぜになって早まった鼓動を押さえるみたいに、ギャロップの首筋に体を押し付ける。

その時目の前に一筋の光芒が走った。

もうすぐ森の外に出られる。

まだあのコに会えるわけでもないのに、少し胸が高鳴った。

目の前の光がどんどん広がって——

世界の明るさに目が慣れると、そこに木はもうなかった。

すぐ先に赤茶色の高い高い岩壁が待ち構えている。

「ど、どうするの?」

ギャロップに聞くと、心配するなとばかりに小さく頷いた。

ギャロップの蹄がひときわ強い光を放ち始める。

ふわり、と重力を感じなくなって、体が浮き上がった。

ギャロップは宙をしっかり踏みしめて、森に比べて乾いた空気の中を駆け抜ける。

岩壁のてっぺんが少しずつ近づいてくる。

ギャロップは岩の角を蹴りあげて岩壁の上に立った。

岩壁の向こうには、たまに森に来るヒトから聞くような、だだっ広い砂漠がずっと向こうまで続いていた。

少し遠くの地面に、いびつで大きな円が波打ったように刻まれているのが見える。

この高さから見るとさざなみにしか見えないけれど、実際はちょっとした壁くらいの高さはありそうだ。

そんないくつもの波に囲まれた内側には丸い大きなものが連なっていて、その周りでわしゃわしゃと粒が動いていた。

あれは……人の住処?

ヤバチャはもともと人が住みつくところで生まれる。ならもしかしたら、あそこにもヤバチャがいるかもしれない。

ギャロップの喉元をさすって聞いてみる。

「ねぇギャロップ、あそこまで、いける?」

「ろろっぷ!」

ギャロップは両前足を上げて、勢い良くまた宙を駆け出す。

あんなに遠くに見えた人間の住処もギャロップの速さを持ってすればすぐだった。

しゅたっ、と小気味いい音を立てて着地する。

するとすぐ近くにいたおばさんが目を丸くしてこちらを見た。

「あら、どうしたの!?」

「え、えっと、ヤバチャを探したいんです」

「ヤバチャを? もしかしてそのギャロップに乗って遠くから?」

「あっちのほうの森から来ました」

「森! それは大変だったでしょう」

「いえ、このギャロップが連れてきてくれましたから」

「あらそうなの。まあとにかく、ここに来たのならまず鉄神様にお祈りしてきなさいな」

「テツガミサマ……オイノリ?」

「そうだよ、鉄神様は鉄を私たちに分けてくれるのさ。ちょうどここをまっすぐ進むと鉄神様の祭壇の広場があるはずだよ」

「テツ……と、とにかく行ってみますね。ありがとうございます」

「ヤバチャのことはよくわからないけど、頑張ってね」

「はい! ギャロップ、あっちのほうにお願い」

ギャロップはゆっくりと砂の地を歩き始めた。

周りには人の住処に見えるものがたくさん並んでいた。

草で作られたてっぺんの尖った形の住処や、四角い紙をたくさん積み上げているものもあった。

人もたくさんいていろいろなことをしていた。

てくてくと歩いている人、長くて鋭い何かを持っている人、こちらを好奇の目で見る人、何かを敷いた地面に食べ物なんかを並べている人。

そんな様子を横目に眺めながら進んでいると、少し開けた場所に出た。

円形の広場の中心に、大きなポケモンが鎮座している。

太陽光を強く反射して、てらてらと光るボディはなぜか水のようにふよふよと揺れる。

金に輝く頭と首はゴツゴツした六角形で、頭の中央にある目がコロコロと動く。
 
手と肩にも頭と同じような形のものが付いていて、固そうな光を鈍く放っていた。

ギャロップから降りて、そのポケモンの正面に立つ。

「あなたが、テツガミサマ?」

話しかけると言うよりはつぶやいただけだったけれど、六角形の中央の目が確かにこちらを向いた。

テツガミサマは不思議な声で鳴いた。肯定なのか否定なのかはわからない。

テツガミサマの目の前にはたくさんの木の実やよくわからない硬そうなものがたくさん積まれている。

その横には平たい木の破片に絵が書かれていた。

さっき歩いていた人が持っていた鋭くて長いものとテツガミサマが描かれていて、その2つの間には2本の矢が丸く描かれていた。

絵の意味も、目の周りに描かれていた記号もよくわからなかったけれど、とりあえず目の前の山の端っこに持っていたオレンのみを1つ置いた。

オイノリってこれでいいのかな。

テツガミサマに微笑みかけて、またギャロップに乗ろうとすると前方から声をかけられた。

「おーい、そこのギャロップの人!」

「は、はい」

「あんたが最初に会ったあのおばさんから聞いたんだ。ヤバチャを探してるんだって?」

「そうです!」

「知り合いにティーカップを作っている人がいるんだ。ついてきなよ」

「本当ですか! ありがとうございます!」

改めてギャロップに乗って、話しかけてくれた青年についていくようにギャロップにお願いする。

道すがら青年はそのティーカップについて色々と教えてくれた。

紹介してくれるのは代々ティーカップを作り続ける腕利きの職人だと言うこと。

その職人が作るティーカップは冷却効果のある木の実であるチーゴのみを使って色がつけられていて、見た目も涼やかな水色のカップであること。

そんなティーカップは村のほぼ全ての人が使うだけでなく、行商人も大量に買っていて各地で売られていること。

ヤバチャについてはその青年もあまり知らないけれど、何回かその職人の家でヤバチャを見たことがあること。

そんなことを聞くうちに職人の家に着いた。

「おーい、クラックいるかー?」

職人の住処に入ると青年は誰かを呼んだ。

「いらっしゃいませー……なんだお前か。どうした?」

住処の奥からまた青年が姿を現した。

案内してくれた青年と知り合いらしい。

「いやさ、ヤバチャを探してるって言う旅人がいたから連れてきたんだよ。知ってることあったら教えてやりなよ」

「お、おう、わかった」

「じゃ、俺は帰るわ。詳しくないし」

青年はくるっと踵を返した。

「ありがとうございました!」

青年は手を振ってその場を去って行った。

「急に押し付けてってあいつは……それで、あなたが旅人さん? ヤバチャくらいならうちの周りにいくらでもいますよ。むしろ捕まえてってください」

「あ、違うんです。探しているのは普通のヤバチャじゃなくて……」

「普通のじゃない? そんなヤバチャがいるんですか?」

「はい。ピンクのティーカップのコなんです。高台の裏にこう、丸と三角の変なマークがついてて。星形の光のコなんです」

「ピンクのティーカップ? ってーと祭事用のやつか……?」

「し、知ってるんですか⁉︎」

「あー、少々お待ちくださいね」

職人さんはまた奥に行ってしまった。

少しして職人さんは青とピンクのティーカップを両手に持って戻ってくる。

「あ……そうです! この……このカップです!!」

「やっぱりですか。このカップは鉄神様に感謝を捧げる祭りに使うもので。こっちの青いのと違って、カシブのみで色をつけてます。カシブのみはお守りにもなってるような魔除け効果があって、そんな木の実を使って色をつけた特別なカップなんです。だから、そんなに数は作っていないはずです」

「そう、なんですね」

あの綺麗な体の色はカシブのみの色だったんだ……。

「あの、カップの裏を見せてもらってもいいですか?」

「ん? いや、何もないですよ」

職人さんが手に持っているカップを裏返した。

高台の裏をくまなく探したけど、どっちのカップにも模様が付いていなかった。

「あの、こういう形のマークがついたカップってありませんか?」

脳裏に焼きついているあの形は空に描く。

「形は知らないですけど、チップじい……うちの工房を作ったひいじいさんは高台にマークをつけてましたね」

「今はつけてないんですか?」

「あの模様はひいばあさんが作った模様の型を使ってつけてたらしいんですが、その型はひいじいさんの葬式の時に焼いてしまったらしくて。別に模様なんて欲しいもんでもないし、と今ではつけてないです」

「じゃぁあのコはその人が作ったカップに入ってるんだ……」

「正直そんな昔のカップの事は知らないので教えられるのはこのくらいですけど、ここからずっと東のほうに行くと森があります。ヤバチャは普段そこに住んでいると聞いたことがあります。遠くてとてもいけたもんじゃありませんが」

職人さんが指をさした方向は元きた方向とは反対だった。

「そっちにも森があるんですね」

「そっちにも、って言うとこの周りで他に何があるんですか?」

「はい、あっちの高い岩の向こうの森から来ました」

「え、あの崖の向こうにも森があるんですか」

「はい、ギャロップに乗せてきてもらったんです」

ギャロップに……なら向こうの森もいけるかもしれませんね」

「はい、行ってみます。ありがとうございました」

「いえいえ、探している子見つかるといいですね」

1つおじぎして、職人さんの住処を出る。

それから入り口に立っていたギャロップサイコキネシスで背中に乗せてくれた。

ギャロップ、向こうに森があるんだって。そこまでお願いしてもいい?」

ギャロップは足を振り上げながら鳴いて、軽やかに走り始めた。

すぐに街を抜けて、人がいなくなると、ギャロップの足にサイコパワーが宿った。

さっきまでとは比べ物にならない速さで荒地を駆けていく。

赤茶けた砂ばかりだった辺りに少しずつ緑が見え始める。

ギャロップの足を持ってすれば、職人さんが遠いと言っていた森はすぐだった。

木々が競い立つ森の入り口まで来て、ギャロップから飛び降る。

「ここまで連れてきてくれてありがと。もう大丈夫、1人で頑張るね」

ギャロップの頬を撫でて、ギャロップから一歩引く。

「元気でね」

手を振るとギャロップは軽く頷いてから元きた方向へかけていった。

……さぁ、早くあのコを見つけよう。

手前の木に手を伸ばして森へと足を踏み入れた。


あのころ頑張った ヤバチャ


こごえふるえる ヤバチャ

ゴゴゴゴゴ、とビブラーバの爆音波を浴びた時よりも大きな音が耳朶を打つ。

急に音が鳴ったことにも驚いたけれど、その音の出所がわからなかったことの方が不気味だった。

驚いたポケモンたちが一斉に草むらを飛び出す。

何匹かのヤバチャはこちらめがけて飛んできた。

ヤバチャたちは多分さんざに鳴いているだろうけれど、謎の音が大きすぎて聞き取れない。

「よしよし、大丈夫大丈夫」

こちらの声も多分聞こえてないだろう。

寄ってくるヤバチャを優しく抱き寄せる。

それにしても全く音が鳴り止む気配がない。

のみならず、心なしか音が大きくなっているように聞こえる。

響く轟音に草木も地面も激しく揺れていた。

一体何が起こっているんだろう。

空を見上げてみても森の中だから見えるのは木の葉ばかり。

不安に戸惑うヤバチャたちを引き連れて草むらの影にじっと潜むしかなかった。

ついにまともに立っていられないくらいの音が森を襲い始めた。

頭を抱え込むようにして耳を塞ぐ。

すると地面に地面から青い光が湧き出ていることに気づいた。

前の森でもマシェードが放っていた怪しい光のような、謎の青い光球が次々と地面から立ち上っている。

その数はどんどんどんどん増えていって——



——眼前に溢れた真っ青な光が少しずつ引いていく。

光の最後の一片が虚空に溶けると、風が一陣吹いた。

肌を刺してえぐるような、冷たい風だった。

もうさっきみたいな轟音はない。

代わりに森は生命エネルギーを感じない冷気に包まれていた。

寒さが少しずつ体に侵入してくる。

急激な冷え込みに周りのポケモンたちは倒れ始めた。

周りにいるヤバチャたちも震えでお互いの体がぶつかってカチカチと音を出している。

「集まって。みんなであったまろう」

寒さに縮こまって掠れる声を絞ってヤバチャたちを呼ぶ。

下から冷たいヤバチャの体を自分の体に引き寄せると、冷たさに声が漏れそうになった。

「大丈夫、大丈夫。きっとすぐ暖かくなるよ」

怯えるヤバチャたちをなだめ、縮こまる。

ヤバチャたちを撫でる腕は、寒さでそのうちに動かなくなってきた。

心配したヤバチャが口々に覗き込んでくる。

「だい、じょうぶ、だいじょ——

口が言うことを聞かなくなる。

ふわりと体が浮遊感に包み込まれた。

ヤバチャたちが右往左往して慌てている。

そんなに心配しなくても、大丈夫だよ。


こごえふるえる ヤバチャ


かみなりにさわぐ ヤバチャ

ヤバチャはどこだろう。

ざくざくと、粗い雪を踏みしめて歩く。

辺りを見回しながらひたすら歩く。

「……あ」

ヤバチャを見つけた。

自然と笑みが漏れる。

体の色は水色。当然あのコじゃないけれど。

おいでおいで、と手招きするとふよふよと近づいてきた。

優しく撫でてやると、ヤバチャの相好が崩れる。

「ね、お友達はどこにいるの?」

「ちゃっちゃ? ばちゃやちゃちゃ」

「うん、そうだよ。探してる子がいるんだ」

「ちゃーちゃやばやば」

「ふふ、ずっと昔の友達なんだ」

「ばっちゃっちゃ」

「ほんと? ありがとう。じゃあ連れてってくれる?」

前を進み始めたヤバチャの後ろをピッタリついていく。

すると、ヤバチャが何匹かいた。

「やちゃちゃ?」

「えっと、探してる子がいるんだ。ピンクの体で、カップの下の……ここに変な模様を付けてる子でさ」

ヤバチャたちに聴いてみると、ヤバチャたちはしばらく自分たちの高台を見合ったりして話していた。

しかし知らなかったようで、申し訳なさそうな目でこちらに向き直った。

「やばば……」

「ううん、全然大丈夫! ありがとね。またがんばって探してみる」

ヤバチャたちに手を振って、また別の場所へと歩き出す。

ざくりざくりと雪が音を立てる。

急な坂も小走りに降って、ゆっくり登って、進み続ける。

辺りがぱぁっと明るくなったり、くらりと暗くなったりしている。

どうしてか、前の森よりもヤバチャが見つかりやすい気がした。

来て正解だった。

でも、肝心のあのコはいない。

ヤバチャのいる方へいる方へと進んでいると、大きな石が並び立っているところに着いた。

ヤバチャたちが石の上で円を作ってクルクルと回っている。

この大きな石の列はなにだろう。

石には……なにか、書かれてる?

ひとまずヤバチャに話しかけてみることにした。

「ねえねえ、ヤバチャ」

「ちゃちゃ?」

「ここはなんで石がたくさんあるの?」

「ちゃっば」

「ヤバチャたちも知らないか。どうして回ってたの?」

その時、ピシャッと空が鋭く光った。

瞬時、とてつもない轟音が辺に響いた。

「ちゃばっ」

驚いたヤバチャの中身が少しこぼれる。

空は薄暗い雲に覆われて、雷のかけらが光っていた。

くるくると回って戸惑っていたヤバチャ達だったが、そのうちの1匹がこちらを睨みつけた。

「やばば……」

ヤバチャの目の前に黒いオーラが渦巻く。

どす黒い影の魂がこちらに飛んでくる。

間一髪で避けた。

喧々轟々とヤバチャたちがまくし立てる。

どうやらさっきのかみなりで攻撃されたと思ったみたいだ。

「ちゃーちゃ! ちゃちゃばちゃ!」

このままでは、話を聞いてくれそうにない。

「おーい、そこの方!」

不意に背後から声をかけられる。

振り返ると傘を持ったおじいさんが手招きをしていた。

一旦ヤバチャから離れておじいさんの元へ走る。

「あんた、ヤバチャに襲われて、一体どうしたんだい?」

「えっと、雷を攻撃と勘違いしたみたいで……」

「ああ、そういう時は一旦落ちつかせてやるしかないやも知れん。バクオング!」

「くおーん!」

重低音の鳴き声の後に、ぴゅるり、透き通るような音が聞こえた。

7本の管が生えた特徴的な頭。がっしりと筋肉質な腕に足。

後ろからバクオングが管状の尻尾を振りながらのっしのっしとやってきた。

「このコは……?」

「私らの集落は遠方と連絡を取る際にバクオングの大声を使うのです。中でもこいつは他のと違って肝っ玉が座っていましてな、この辺に多いゴーストタイプのポケモンも『ちきゅうなげ』で少し攻撃して落ち着けることができるのです」

「それはヤバチャにも?」

「もちろんです。バクオング、あのヤバチャを落ち着けてあげなさい」

バクオングは一声鳴いて、ヤバチャたちに近づいていった。

ノーマルタイプだからか、シャドーボールもものともせず、ヤバチャのいっぴきをつかんだ。

そのまま飛び上がり、自分の体ごとヤバチャを地面に叩きつける。

ヤバチャが倒れてしまうと一瞬心配したが、ちきゅうなげを受けたヤバチャはふらつきながらも他のヤバチャのもとに戻って何やら話していた。

ヤバチャの元に近づくとヤバチャがこちらを見たが、もうシャドーボールは放ってこなかった。

「ね、体がピンクのヤバチャを探してるんだけど……君たちは知らない?」

「やや? ちゃば……」

ヤバチャが口々に鳴いて体を揺すった。

「ちゃーちゃ、やばば」

「そっか、もし見かけたら、教えてくれると嬉しいな」

ヤバチャたちはコロコロと鳴いてどこかに飛んでいってしまった。

おじいさんもこちらに歩いてきた。

「ヤバチャとしゃべれるのですか?」

「はい、なんとなく言ってることがわかるんです」

「それはすごいですね。それにしても、ピンクのヤバチャなんて見たことがありませんが……」

「ピンクのティーカップは数が少ないみたいなんです。探している子は、あのコはピンクのティーカップで、高台の裏に変な模様がついていて、他のことは違うちょっと変な子だったんです」

じいさんは少し黙り込んで私をじっと見てきた。

なんだろう、と思いながら真剣な目つきのおじさんを見つめ返す。

「わかりました。こいつ連れていってやって下さい」

「え、バクオングを……いいんですか?」

「この地はよくあられや雷が降ります。ヤバチャを探し続けるのであれば、今回のようなことも多いでしょう。きっと役に立ってくれるはずです」

「でも連絡が……」

「いいんです、この老いぼれの身に連絡を取るような人はいませんから。こいつにもう一度人の役に立ってあげて欲しいんです。さ、バクオング、この人についていってやりなさい」

「……ありがとうございます!!」

お辞儀をするとおじいさんは満足そうに去っていった。

「これからよろしくね、バクオング

「おーーんぐ‼︎」

それ以来バクオングとたくさんのヤバチャを探した。

あのコこそいなかったけれど、ピンクのヤバチャもマークが付いているヤバチャも雰囲気があのコに似ているヤバチャもたくさん見つけた。

でも、みんなすぐに動かなくなった。



かみなりにさわぐ ヤバチャ


ワクワクしてる ヤバチャ

こんこんと大粒の雪が降り仕切っている。

空を見上げても一向に止む気配はない。

からんと後ろで固い物がぶつかる透き通った音がした。

振り返るとヤバチャが泣きそうに目を潤ませていた。

「ほらヤバチャ、おいで」

両手を広げてみせるとヤバチャはふわふわとこちらに近づいてきた。

両手でカシブの色のティーカップを包み込んで優しく撫でる。

ヤバチャは気分良さそうにコロコロ鳴いた。

あのコとは雰囲気が違うから、わざわざ高台の裏は確認しなくても良い。

急にヤバチャが目を見開いた。

何か怖いものでも見つけたみたいに身震いしてこちらに飛び込んできた。

振り返ると不思議な人が立っていた。

腰まである長い金髪に、紫基調のカラフルで袖の短い装い。

小顔とは言えその顔の2倍はありそうな大きなシルクハットの周りには、六つの紅白模様のボールがくるくると浮いて回っていた。

「あのもし、そこの方!」

「は、はい」

「あなた、バドレックスと言うポケモンをご存知ありませんか?」

「バド……?」

「えぇ、凍てつく氷に覆われたこの地に宿る、エレガントな伝説のエスパーポケモンです」

「いいえ、知らないです」

「そ、そうですか。このような寒い日にこんなうすら寒い場所にいるあなたならご存知かと思いましたが……今日はワタクシ、ノン・エレガントですね……」

「の、のん?」

「ん? あなた、ワタクシがなにゆえバドレックスを探しているのか……そう聞こうとしていますね? ワタクシのみらいよちにハズレはありませんゆえ」

全然聞こうとしてなかったけど……まぁいいか。

「ワタクシはもっと強くありたいのです。ポケモンバトルも、ワタクシ自身のサイコパワーも。聞けば、バドレックスは半径50キロメートル内の過去・現在・未来のすべての出来事を読み取り、広大な森とそこに住む生き物を一瞬にして別の場所に移し変えたとまで言われている、まさにエレガントなポケモンです。そんなポケモンと修行すればワタクシ達のエスパーパワーも真の力が目覚めること間違いナッシー! ですよ。……おやおや?」

「……?」

「なぜ強くなりたいのか、そう聞きたげな顔をしていますね。ワタクシのミラクルアイ持ってすれば、造作もなくお見通しです」

「えと、はい」

一応確認してみたけれど、ヤバチャの高台の裏にはあのマークは付いていなかった。

「ぼそぼそと語るのは性には合いませんが、他に人もいませんしたまにはいいでしょう」

目の前の変な人は、急に佇まいを正してこちらを正視した。

「話は1年半ほど前に遡ります。当時ワタクシはマスター道場というところで修行をしておりました。マスター道場は前々チャンピオンマスタードシショーが師範をしている道場で、ヨロイ島という海を隔ててここよりもずっと先にある孤島にある道場でして、自然たっぷりですから修行にはうってつけなのです。……もしや、ご存知でしたか?」

「いいえ、初めて聞きました」

「それはよろしゅう。続けますね。大体1年半前、ユウリという少女がヨロイ島にやってきたのです。えぇそうです、現チャンピオンの。ご存知でしょう?」

「いえ……」

「あなたはあまり世間をご存じないのですね。そちらの方がワタクシとしても話しやすくて助かりますが」

ピンクのオーラに覆われたモンスターボールを人差し指で指差して、触れないでクルクルと回しながら、謎の金髪の人は話し続ける。

「あの時のワタクシは決して強くない自分の居場所を探すのに精一杯でした。マスター道場に転がり込んでせっかく修行をしていたと言うのに、自分よりも年下のとてつもなく強い人が道場に訪れたんです。あの当時ユウリがチャンピオンであった事は存じ上げませんでしたし、ワタクシは自分の居場所が取られてしまうと思ったのです。醜いワタクシはあの手この手でイカサマし、ユウリを目立たせないように画策しました。でもユウリはそのすべてをバトルの実力ではねのけて、さらにワタクシに手を差し伸べたのです。それが少し癪で、でも少し嬉しくて、よくわからなくなりました。だからワタクシはあの者に……ユウリに一矢むくいてワタクシの強さを認めさせたいのです。そのためならばどんな修行でもやってのけましょう」

聞いていくうちに、少し他人事には思えなくなってきた。

この人の気持ち、少しだけわかる——

「あ、そういえば。ユウリもボットデスを持っていましたね。そこのヤバチャとちょうど同じような色をしたポットデスを」

「ポットデスですか!?」

「え、えぇ。あのシャドーボールには未だ勝てる気がしません」

「あ、あの!!」

「はい、はい何でしょうか」

「そのポットデスは高台の裏に何かマークが付いていませんでしたか? 日の光に当てると、星型に光りませんでしたか? 無邪気で瞳の澄んだ子じゃありませんでしたか?」

「そ、そんなに早くしゃべられてしまってはトリックルームでもしませんと追いつきません……えーと、マークについては存じ上げませんが、星型の光は記憶にありませんね。こうエレガントな、四角形だった気がします」

シルクハットの謎の人はブロンドの長髪をかき上げて、すらっと長く白い両手の親指と人差し指で菱形を作った。

「そうですか……ありがとうございます」

「ところで、あなたは一体何者なのです? モンスターボールを持っているわけでもありませんしトレーナーではないのでしょう」

「何者……えと、ヤバチャを探しています」

「ヤバチャならばそこにもいるではありませんか」

「あのコはこのコとは違うんです。あのコはこのコとを同じティーカップの色でしたけど、高台の裏にマークが付いていて、キノコのあの光で星形に光って、もっと可愛らしい雰囲気だったんです」

「エレガントなワタクシの頭脳をもってしても理解が及びませんが、少なくともあなたは幽霊では無いようですね……」

「幽霊?」

「ここより少し前に訪れた村ではもっぱら噂でしたよ。今じゃもう誰も寄り付かない昔の墓地に誰かを探している幽霊が出る、とね。もっとも、そこに並んでいる墓石の1つの前に木の実を置いているポケモンがいて、そのポケモンの勘違いだとも言われていますし、そも、こんな真っ昼間から出るわけがありませんね。失礼いたしました」

「そうなんですね」

「それにしても、あられが痛くないのですか? 私はテレキネシス避けていますからなんともありませんが……」

「痛い、ですか?」

「あなたもあの者と同じ図太い性格なのでしょうか……いえ、お気になさっていないならば良いのです。お互いがんばりましょう。では私はバドレックスを探さなければいけませんゆえ、これで。さらば! セイボリーテレポート!」

謎の人はたったったっと金髪をなびかせ走り去ってしまった。

あの人に負けないようにがんばってあのコを探そう。

決意を新たに矢場町見つめるとヤバチャはあまりわかっていなそうな目でこちらを見てにこりと笑った。



ワクワクしてる ヤバチャ


ひとをしらない ヤバチャ

ちゃっちゃと後ろから足音が近づいていた。

気づいてはいたけれど、ヤバチャに危害を加えるわけでもなかったので放っておいていた。

「えっ、まだいたんだ!!」

「……んー?」

雪を踏む音が格段に速くなったのを感じて、遊んでいた2匹のヤバチャを背中に隠しながら振り向く。

同じくらいの背丈の……人?

黒を基調に黄色の顔のようにも見える模様の服を全身に身にまとっていた。

頭のてっぺんから足先まですっぽりと覆うその服のせいで相手がどんな人なのか全くわからない。

「あの!!」

「はい」

「どっ、どなたでしょうか?」

「はい、……?」

そう聞きたいのはこっちだ。

からして少年なのかもしれないけれど、こんな黒と黄色の服で全身を覆われた人が何者なのかもわからない。

……それに。

自分は、誰なんだろう。

…………。

わからない。

「……ここで、何をしていたんですか?」

少年のその質問にはっと目が覚める。

その質問になら、答えられる。

「あのコを……特別なヤバチャを探していたんです」

「特別な、ヤバチャ?」

「ここにいるヤバチャたちとは違うピンクのティーカップで、高台の裏に奇妙なマークが付いていて、それから光を浴びると星型に光る子で。あと……ちょうどこのコに雰囲気が似ているかもしれません」

背中の左側にいる八幡のティーカップの脇を指でちょいちょいとくすぐると、ヤバチャは背中の後ろからおずおずと出てきた。

そう、このコの雰囲気はあのコにとてもそっくりだった。

好奇心にキラキラと輝いていて、でも邪気を感じない純粋な透き通った瞳。

まるであのコにあったみたいで、少し話し込んでいた。

「じゃあ、研究者ではないんですね」

「……?」

ケンキューシャとは何なんだろう。

それに、素性不明のこの人がポケモンたちに危害を加えないとも限らない。

早めに聞いておかなくちゃ。

「あなたこそ、こんな場所でどうしたんですか?」

「僕、僕は……」

顔が見えなくても何かを迷っているのは感じてとれた。

「……僕は、古代の王様を探しているんです」

「古代の王様?」

「はい。少し話は長くなりますが、聞いていただけますか?」

「えぇ」







えーと、どこから話そうか……そうですね。まずは今から千と数百年ほど前の話です。

ユウリとホップ、と言う伝説の勇者がいました。

……その昔、ブラックナイトという事件が起こったのです。ムゲンダイナという眠りについていた伝説のポケモンが目を覚まし、ガラル全土を脅威に晒しました。それに立ち向かったのは伝説の勇者ユウリとホップなんです。

「勇者ホップは剣を手に、剣のポケモンとともにムゲンダイナと戦いました。勇者ユウリは盾を手に、盾のポケモンとともにガラルをムゲンダイナの攻撃から守りました。」と言うのは、ガラルで知らない者はいない有名な伝承の1部です。

それで、ここからは数百年前の話になります。

伝承ではモンスターボールの中に封印されたはずのムゲンダイナが復活したのです。

誰かが封印を解いたのか、ムゲンダイナが自ら封印を脱出したのか、文献には残っていないので全く分かりませんが。

とにかく、ムゲンダイナがまた復活して、ブラックナイトが訪れたのです。

しかし、伝承の時とは状況が違いました。

文献によれば、ホップとともに戦ったザシアンはその場に駆けつけたものの、勇者ユウリが率いていたはずのザマゼンタは現れなかったそうです。

ザシアンの剣だけではガラルの大地は守りきれませんでした。

ムゲンダイナはガラルの大地を荒らし、汚染し、破壊の限りを尽くしました。

ムゲンダイナの汚染がひどく、またムゲンダイナから続く攻撃を避けるために、人々は地下深くに生活の拠点を移しました。

しかし、そこは、太陽の届かぬ場所。ムゲンダイナの汚染もあって、土地も痩せ、当時育てていたと言う作物を育てることができなくなりました。

……もちろんこれらも文献にあることでしかなくて、実際に起こったのかは調べることはできませんが、おそらく起こったでしょう。現に空にはムゲンダイナが巣食っている暗黒の渦がありますし、地上の木々は既に枯れ果ててしまっています。

かく言う僕も地上に出てから初めて太陽というものが実在することを知りましたし、農耕して得られるものなどほとんど知りません。

枯れて荒れ果てた地上に赴くには今僕が着ているような、異世界から伝来した防護服に身を包むしかなくなりました。

もっとも、ムゲンダイナの攻撃を受ける可能性を冒しても地上に出るような人は僕ら研究者くらいしかいませんし、そもそもこの辺はなぜかムゲンダイナの影響があまり及んでいないようですが。

……実は僕、その伝承に出てきた勇者ユウリの子孫と言われる家系なんです。自分のずっと昔のご先祖様がどんなことをしたのか、最初は興味本意で調べただけでした。地下での生活が地下で生まれた幼い僕らにとっては普通でしたから、昔何かが起こったかなんて知るはずもありません。しかし僕はここまで喋ったようなことを早くに知ってしまいました。それからの研究と家系のおかげもあって、こうして研究者をしています。

そして、ガラルにはかつて王様がいたことを研究の最中に知ったんです。

文献によれば、その王様はかつての生き物を厄災から守り、さらにの土地を豊かにしたとの事でした。

このガラルの王様が活躍したのは約2万年前ほどの文献に書かれていたという情報しか今まではありませんでした。

ですが、僕のご先祖、勇者ユウリが白馬に乗ったガラルの王様と出会ったと言う文献を発見したんです。

その文献が確かならば、ガラルの王様はこのカンムリ雪原のどこかにいるとの事でした。

この王様の力があれば、あの上空に巣食うムゲンダイナを鎮める、あるいはそうでなくとも人間が暮らす地下深くの土地を豊かにすることくらいはできるかもしれません。

そして私はガラルの王様を探しに、ここまできたんです。







「話せる事はこのくらいです。わかっていただけたでしょうか」

なんとなく見覚えや聞き覚えがあるものもいくつかあった。

「……ユウリ」

その名前には、ずいぶんと聞き覚えがある気がした。

「……チャンピオン。…………あと、ポットデスを持ってた……?」

「えっと、チャンピオンというのはその昔行われていた、勇者ユウリが勝利を収めたという、バトル祭のことでしょうか? それに、勇者がポットデスを持っていたなんて書いてある文献はそう多くは……」

「……?」

「改めて、お聞きします。古代の王様について何かご存知ではありませんか?」

古代の王様……。

思い出そうと少しがんばってみたけれど、やっぱり何も浮かんでこなかった。

「いえ、本当に何も知らなくて……」

「……そう、ですか」

「ねぇ、ヤバチャたちは何か知ってる?」

「ちゃちゃ?」

「ばちゃーちゃ」

「ヤバチャたちも知らないみたいです」

「ヤバチャとしゃべることができるんですか!?」

「え? はい、なんとなく言ってることがわかるんです」

「…………」

少年はしばらくじっと動かなかった。

頭の目のあたりに付いている黒い板の内側からじっとこちらを見つめているように感じた。

「……あの!」

「は、はい」

「一緒に古代の王様を探してもらえませんか!? ポケモンと喋ることができるあなたがいれば、きっと見つかる気がするんです。お願いします……!」

少年の声は必死で、悲痛だった。

古代の王様。全く知らないけれど、少年の言う通りできる事はあるのかもしれない。

……でも。

「ごめんなさい。あのコを探さなければいけないから……」

「そこをなんとか……!」

「……いいえ、違う。古代の王様は探せない。ヤバチャを、あのコを探さなきゃいけないし、あのコを探すことしか知らないから。だから、お手伝いは、できません」

「…………」

少年はまた少し黙っていた。

「……無理を言ってしまってすみません。探している子が見つかるといいですね。お互いがんばりましょう」

少年はまたざっくりざっくりと雪を踏みしめて、吹きはじめた吹雪の中に消えていった。

「…………」

「やちゃば?」

「ねぇヤバチャ」

「ちゃば?」

「あなたと違ってピンク色のティーカップに入ったヤバチャ、知らない?」


ひとをしらない ヤバチャ


ゆめかなえし ヤバチャ

しんしんと、細雪が静かに降り仕切っている。

音1つなく、風もなく、まるで周りの時が止まっているようだった。

なんとなく、後ろに気配を感じて振り返る。

ポケモンの上に乗ったポケモンが、じっとこちらを見ていた。

ポケモンを乗せている方は漆黒の体。

ほっそりとしなやかな4本の足は地面から浮いていて、足から離れた蹄だけが地面を捉えていた。

風もないのに、緩やかに紫のたてがみがゆらめく。

ポケモンに乗っている方は小さな体に大きな頭。

真っ白な体は乗っているポケモンとは対照的。

体を覆うマントは頭や首元と同じ、深い深い緑色。

「あなたは、誰?」

「ヨはバドレックス。豊穣の王と呼ばれし者」

「バドレックス……」

どこかで聞いたことがある気がした。

「人の子、いや…………いや、人の子よ。少し、ついて来てはくれぬか?」
 
「……そこに、ヤバチャは、あのコはいるの?」

「あぁ、オヌシが誰を探しているのかはわかっている。必ずや連れて行こう」

「……わかった」

バドレックスが山の方向へゆっくり進み出した。

そのすぐ真横を歩く。

「ただ歩くのも所在ないであろう。問わず語りになるが、少し話を聞かぬか?」

「……はい」

「……このガラルには三度、空に大きな渦が現れたことがあるのだ。はじめは、人間の歴史で言うと今から2万年ほど前。ふたたびは、今から1500年ほど前。そしてみたびは500、600年ほど前」

「ふーん、それって今も空にあるあれ?」

「まさにあの渦である。はじめの渦は、ザシアン、ザマゼンタ、そしてヨも共に戦って、ムゲンダイナ、あの宇宙からの来訪者を地下に封印した。しかし、それから2万年のうちにヨは人々から忘れ去られた」

「どうして忘れられたの?」

「それはいろいろな理由があるであろう。ヨがかつてこの愛馬レイスポスや、もう一匹の愛馬ブリザポスを御するのに使っていたキズナのタヅナを作る輝く花が足りなくなったこと。ヨが力を失い、土地を豊かにする力を失ったこと。人間の科学が進歩したことで信仰が必要なくなったこと。……運命づけられたように様々な要因が重なったのだ」

「そして、2万年の時が経って、1500年前。1人の人間がムゲンダイナ復活させた。ヨの力も完全に失われ、もはやこれまでかと思われたが、2人の勇者と呼ばれる人間——ユウリとホップがザシアンとザマゼンタを目覚めさせたことでムゲンダイナを再び封じることに成功した。オヌシもこの話は耳にしたことがあるであろう?」

「うん、聞いたことある」

「……500年前。ガラルのエネルギーが尽きつつあった。そして、何者かが当時の1000年前、今から1500年前と同じようにムゲンダイナを復活させたのだ。3度目はもうなかった。ヨの力も1度は戻ったもののこの頃には失われかけていたうえ、ザマゼンタが行方不明の状況でムゲンダイナには敵わなかった。ザマゼンタの消息は今もわからぬ。時空が歪んだとしか考えられぬのだ。とにかく、人々はムゲンダイナを恐れて地下へと逃げ込んだ」

「しかし、エネルギーが尽きつつある状況で地下で長く暮らしていく事は難しかった。数百年は持ちこたえたものの、もう今人間はこのガラルの地からほぼ消え去ってしまった」

「ふーん、そんなことが」

「ただ、カンムリ雪原だけはヨの力で守ることに成功したのである。カンムリ雪原にずっといたオヌシにはその影響が少なかったようであるな」

「そっか。ヤバチャを守ってくれてありがと」

「王としての使命であるゆえ。……それより」

「……?」

パドレックスとレイスポスがこちらに向き直った。

「オヌシはよくがんばった。そろそろゆっくり休むが良い……」

バドレックスが手をかざすと、レイスポスがこちらに真っ黒な塊を飛ばした。

「……っぁ」

急激に声を出せないほどの眠気に襲われた。

ふわりと宙に浮いたように意識が朧になって、弾けた。





「ヨはオヌシに1つ嘘をついてしまったな」

「……オヌシも含めて、人はもうおらぬのだ。オヌシの本当の姿は、空中に揺れる、この青白いヒトダマでしかない」

「あのコ、とやらに会う以前の記憶は眼底を払ってしまっているが、それでも悠久の時を過ごしたのだ。もう良いであろう」

「これがオヌシの体だ。残された紅茶のように冷え切ってしまっているが、氷漬けになっているおかげで、ずっとずっと綺麗なままここに横たわっている」

「2万年前、ヨはあの忌まわしき隕石から森を守るため、こんこんと雪の降るこの雪原に森や森に住む生命を動かした。他の場所に動かしては生命の数が多くなりすぎる。苦肉の策であった。しかし、あの温暖な森からいきなりこの寒冷地にうつされた生き物たちがすぐにこの環境に適応できるわけはなかった。確かに隕石からは救ったが、ヨの行動によって、多くの生命にその命を落とさせてしまった。……嘆かわしや」

「思えばこれもヨが力を失ってしまった原因かもしれないな。せめてもの罪滅ぼしにとこの地を豊かにしてみたが、それも長い間にわたっての成功はなかった。レイスポスが成長してヨに従ってくれるようになったおかげで力は取り戻せたが、それも遅かった」

「ヨは、力不足を感じてばかりだな……」

「……さぁ、この魂を送ってやりなさい、レイスポス。私の代わりにこの魂を乗せて」





ふわりと音もなく、しかし風を切り割くような速さで、前へ前へと進んでいく。

あたりは何一つ目に映らない真っ暗闇だった。

この先であのコに会えるのかな。

期待と不安がないまぜになって早まった鼓動を押さえるみたいに、レイスポスの首筋に体を押し付ける。

不意に目の前に明かりが灯った。

真っ赤な光に照らされて目の前に現れたのは、赤い光の中でもわかるくらいに鮮やかなピンク色のティーカップ

「ちゃば」

周りの光を反射して星型の模様がキラリと光った。

まるで見たことのないものを初めて見た時のような、好奇心にキラキラと輝いていて、でも邪気を感じない純粋な透き通った瞳。

ヤバチャはふよふよとこちらに近づいてくる。

取り憑かれたように自然と手を前に伸ばしていた。

右手がティーカップの胴部分に触れる。

当然あるべきもののような滑らかな動きで、左手の指をハンドル部分に通す。

「ちゃばちゃちゃばちゃ!」

「…………ぁあ」

声にもならない恍惚の声が漏れる。

ヤバチャは笑顔になって体を大きく揺すった。

チラリと見えた高台の内側には2つの丸と2つの三角が合体した奇妙なマークがついていた。

「……やっと」

ヤバチャはティーカップの中身を見せてくる。

赤みがかった紫の美しい液体の中に清廉な純白のミルクが渦巻いている。

ヤバチャが唇に自らの口縁を押し当ててきた。

されるがままに中の液体をひと口含む。

ドクン——

鼓動が突き上げてきて全身を駆け巡った。

カップから口を離してヤバチャと見つめ合う。

「……やっと、また会えたね」


ゆめかなえし ヤバチャ




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途中の挿絵はジャッカル(@tora_bachinu2)さんより頂きました。










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